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東京地方裁判所 昭和30年(行)112号 判決 1960年3月10日

武蔵野市吉祥寺二、〇八三番地

原告

箕輪一郎

右訴訟代理人弁護士

中条政好

区 同 町二、八六四番地

被告

武蔵野税務署長

山沢正治

右指定代理人

真鍋薫

石瀬保彦

篠原章

堺沢良

右当事者間の所得税更正決定取消請求事件について、当裁判所は昭和三四年一二月一六日終結した口頭弁論の結果に基き、左の通り判決する。

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

当事者双方の申立及び事実上の主張は別紙記載の通りである。

証拠として、原告訴訟代理人は、甲第一ないし第四号証を提出し、証人鈴木勝、同田島伝衛、同平足広、同中島清、同赤羽長一郎及び原告本人の各尋問を求め、乙第一号証は成立を認めて利益に援用し、同第二ないし第五号証、第八号証の一はいずれも成立を認め、同第八号証の二は原本の存在及び成立を認め、同第六号証の一ないし七、同第七号証はいづれも成立を知らないと述べ被告代理人は乙第一ないし第五号証、第六号証の一ないし七、第七号証、第八号証の一、二を提出し、証人副島文造、同鈴木勝及び同田島伝衛の各尋問を求め、甲号各証はいずれもその成立を知らないと述べた。

理由

一、請求原因第一項記載の事実は原告のなした確定申告額の点を除き当事者間に争いない。本件における争点は、原告の昭和二八年分総所得金額についてであるが、原告はその所得金額を実額による収支計算により金六七七、六五八円であると主張するのであるが、後で説明するように原告提出の甲第二、三号の記載はそのまま信用できず、その他原告提出の全証拠によつても、右原告主張事実を認めるに足らない。

これに対し、被告の推計によつて原告の総所得金額は、右更正決定の総所得金額八九六、九三〇円を超過する金一、二九三、〇九六円であると主張するから、以下被告の右主張の当否について調べる。

二、証人副島文造の証言によると、原告は本係争年中の収支を明らかにする信用すべき帳簿類を所持していなかつたと認められる。原告は甲第二号証の金銭出納帳は正確に収支の状況を記帳したものであると主張するが、右帳簿が正確なものであると認めるに足る証拠もなくかえつて、右副島証人の証言によると、右帳簿の記載はそのまま信用できないことが認められる。

そうすると、原告の所得金額を推計によつて認定することもその方法が不合理なものでない限り、許されなければならない。被告は、電気・ガスの消費量から売上高を推計し、これに所得標準率を適用して原告の所得を算定すると主張するが、その主張による推計々算の方法自体は不合理なものといえない。

三、そこで被告主張の推計について調べると、成立に争いない乙第二ないし第五号証及び副島証人の証言によると、昭和二八年の一ケ年間における原告方の電灯使用量及びガス使用量、並びに同年中における原告を附近(電力は東京電力武蔵野営業所管内、ガスは東京ガス中野営業所管内)における一軒当り平均従量、電灯消費量及びガス使用量がいずれも被告主張の数額通りであること、原告方には一、二キロワツトの電気アイロン三箇設備してあり、その他にモーター二台がある関係から、原告方について右三箇のアイロン以外に使用した電力量は、右平均従量電灯消費料の二倍に値すると推定できること、原告方にはガス用アイロン二台が設備され、その他ガスコンロ二個及び乾燥用設備等があり、ガス用アイロン以外に使用されたガス消費量は、右平均消費量の三倍に当ると推定できることが認められる。そうすると、同年中における原告方の電気アイロン三台による電力消費量は六、二一〇、六二キロワツト、ガスアイロン二台によるガス使用量は二、一一五、八六立方メートル(以上いずれも被告主張通りの額)と算出できる。

次に証人鈴木勝の証言により真正に成立したと認められる乙第六号証の一、同中島清の証言により真正に成立したと認められる同号証の四、同平定広の証言により真正に成立したと認められる同号証の五、同田島伝衛の証言により真正に成立したと認められる同号証の六、前記副島証人の証言により真正に成立したと認められる同号証の二、三、並びに、右副島、同鈴木、同田島、同平、同中島の各証言を綜合すると、電力一キロワツト当りの電気アイロンによる水洗いYシヤツの平均仕上枚数は一、二枚、ガス一立方メートル当りのガスアイロンによるドライ洗濯物ズボンの平均仕上枚数は五、六枚であると認められる。

そうして、前記田島証人の証言により真正に成立したと認められる乙第七号証、証人副島、同田島の各証言によると、昭和二八年頃の洗濯料金はYシヤツ一枚金三五円、ドライ洗濯ズボン一枚一二〇円とみることは不合理でないと認められる。

以上認定の事実関係及び数値により計算すると、本係争年度中における電力使用量より推計した水洗洗濯物売上高は金一、五六五、〇七六円二四銭(右Yシヤツ一枚の洗濯料金三五円に電力一キロワツト当り仕上枚数七、二を乗じ電力一キロワツト当りの売上額を出し、これに前記電気アイロン使用電力量六、二一〇、六二キロワツトを乗じた)、ガス使用量より推計したドライ洗濯売上高は金一、四二一、八五七円九二銭(右ズボン一枚の洗濯料金一二〇円にガス一立方メートル当り仕上枚数五、六を乗じガス一立方メートル当り売上額を出し、これにガスアイロンによるガス消費量二、一一五、八六立方メートルを乗じた)となり、その総売上高は金二、九八六、九三四円一六銭と計算され、これに成立に争いない乙第八号証の一により認められる洗濯業者の所得標準率六〇%を適用した金額金一、七九二、一六〇円四九銭から特別経費として傭人費金四〇〇、〇〇〇円及び地代金九、一二〇円の合計金四〇九、一二〇円を控除すると、同年中における原告の所得は金一、三八三、〇四〇円四九銭と算出される(右特別経費についての被告主張額を直接認めるべき証拠はないが、右認定の所得標準率作成に当つては、右特別経費は算入されていないことは副島証人の証言により認められるところであり、正当な特別経費は課税所得金額から控除されて然るべきものであるところ、本件のように推計によつて所得を算出するような場合において、証拠がないという理由で被告が進んで主張している不利益な右経費額を算入しないことは不合理であり、少くも、被告主張の額である傭人費金四〇〇、〇〇〇円、地代九、一二〇円は、他にこれが不当であるとの証拠のない限りこれを控除すべきである)。

四、以上認定した推計方法及びこの推計により算出した原告の昭和二八年分の所得金額が不合理であると認めるべき証拠もない。そうすると、原告の同年分の所得金額は金一、三八三、〇四〇円四九銭であるというべきであり、原告の所得額をこの額より少い金八九六、九三〇円と認定し、この金額による所得税額金二六八、八五〇円と、申告による税額金一六九、〇〇〇円の差額内の金九九、〇〇〇円に所得税法第五七条第一項による百分の五の税率を適用して計算される金四、九五〇円の過少申告加算税を徴収する旨決定した被告の本件処分は、原告主張のような違法な点はないものといわなければならない。よつて原告の請求はその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 地京武人 裁判官 石井玄)

昭和三〇年(行)第一一二号所得税更正決定取消請求事件の要約

第一、申立

一、原告

(一) 被告が昭和二十九年五月二日にした原告の昭和二十八年分所得税の総所得金額を金八九六、九三〇円と更正し、その税額を金二六八、八五〇円、過少申告加算税額金四、九五〇円とした決定を取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

原告の請求を棄却する。

第二、主張

一、請求原因。

(一) 原告は肩書住所地においてクリーニング業を営む者であるが、昭和二十九年三月十五日被告に昭和二十八年分所得税の確定申告として総所得金額を金六七七、六五八円と申告し税金一六九、〇〇〇円を納付したところ、被告は同年四月三十日これを金八九六、九三〇円と更正する旨決定し、同年五月二日その旨を原告に通知した。そこで原告は同月二十九日被告に再調査の請求をしたが、同年六月二十九日右請求を棄却する旨の通知を受けたので、更に東京国税局長に対し同年七月六日審査の請求をしたが、昭和三十年八月十八日右請求を棄却する旨の通知を受けた。

(二) しかし原告の昭和二十八年分の総所得金額は申告額である金六七七、六五八円を超過しないのであつて、被告の更正決定は原告の所得を過大に認定した違法があるから、取消さるべきである。

二、請求原因事実に対する答弁及び被告の主張。

(一) 請求原因(一)記載の事実中、申告額をのぞきその他の事実は認める。

原告の申告した昭和二十八年分総所得金額は金六七六、六五八円である。同(二)記載の事実は否認する。

(二) 原告は昭和二十八年中すくなくとも金一、三八二、六〇〇円の所得があつたと認められるから、同年分の総所得金額をこの範囲内で金八九六、九三〇円とした被告の本件更正決定はなんら違法でない。

(1) 被告は原告の昭和二十八年分事業所得の調査のため、昭和二十八年九月一日係官を原告宅に派遣し調査させたところ、原告は同年中一月から七月末までの事業の収支状況を記載した売上帳、現金出納帳、経費明細帳等を提示したので、同係官は右帳簿を仔細に検討したところ、現金出納帳には随所に赤残(現金残高がないのに現金支出の記録をすれば帳簿上は赤字残高となるのであるが、このような会計処理は正当でない)があり、現金収支記録は信頼がおけないのみならず、売上帳、洗濯物受払帳、経費明細帳の記録も短期間の取引が記載されているのみで到底継続的に事業収支状況を把握することが困難であつたので、やむを得ず推計によつて同年分の原告の所得を金八九六、九三〇円と認定し更正決定をしたが、電力及びガスの消費量から売上高を推定し、これに所得標準率を適用すると、次のとおり右年中の原告の所得は金一、三八二、六〇〇円と推定されるから右更正決定は違法でない。

(2) 電力及びガスの消費量から原告の年間売上高を推計すると、金二、九八六、二〇〇円であり、これに所得標準率を適用し、特別経費を控除すると、原告の所得は金一、三八二、六〇〇円と推定される。

(イ) 電力使用量による普通洗濯物売上高一、五六四、九二〇円

(A) 昭和二十八年中の原告の電力消費量は七、四八八KWであるが、このうち一、二七七・三八KWは電気アイロン以外のため消費したものと推定すると、その差額六、二一〇・六二KWが電気アイロンのための電力消費量である。

(B) 普通洗濯の方法によるYシヤツ一枚の洗濯料は金三五円であるが、電力一KW当りの電気アイロンによるYシヤツの平均仕上枚数は七・二枚であるから、電力一KW当りの売上収入は金二五二円と計算される。

(C) そうすると電気アイロンの電力消費量六、二一〇・六二KWによる普通洗濯物売上高は金一、五六四、九二〇円となる。

(ロ) ガス使用量により洗濯物売上高を推計すると金一、四二一、二八〇円となる。

(A) 昭和二十八年中の原告のガス使用量は三、八三〇立方米であるが、このうち一、七一四・一四立方米はドライ洗濯用以外に消費したものと推定すると、ドライ用ガスの使用量は二、一一五・八六立方米である。

(B) ガス一立方米当りのズボン洗濯平均仕上枚数は五・六枚であつて、ズボン一枚の洗濯料は一二〇円であるから、ガス一立方米当りのドライ洗濯料収入は金六七二円となる。

(C) そうすると、右ドライ用ガス使用量のドライ洗濯物売上高は金一、四二一、二八〇円となる。

(ハ) (イ)普通洗濯物売上高と(ロ)ドライ洗濯物売上高の合計金二、九八六、二〇〇円が原告の年間洗濯料収入である。

(ニ) 右売上高に洗濯業者の所得標準率六〇%を適用して得た金額一、七九一、七二〇円から特別経費である傭人費四〇〇、〇〇〇円、地代九、一二〇円、合計金四〇九、一二〇円を控除すると、原告の同年中の所得は金一、三八二、六〇〇円が算出される。

(3) 原告は昭和二十九年四月二十一日自ら代表者となつて大竹クリーニング株式会社を設立し、従来の個人営業を法人組織に改め、個人営業の時と同様の設備で洗濯業を開始したが、その第一期事業年度(昭和二十九年五月一日から同年十二月三十一日まで)の事業期間九ケ月間の洗濯料収入は金二、五〇二、七八四円を計算しており、右売上高は被告の前年分の推計売上高を遙かに上廻つていることは被告の推計を正当づけるものである。

また右会社の第一期事業年度の電力一KW当りの売上金額を算出して原告の昭和二十八年分の所得を算定すると、次のとおり金一、三八一、九三四円となる。

すなわち、右会社の昭和二十九年五月一日から十二月三十一日までの申告売上金額は金二、五〇二、七八四円であつて右期間中の電力消費量は六、二七八KWであつたから一KW当りの売上金額は金三九八円六五銭となる。この金額を原告の昭和二十八年中の電力消費量七、四八八KWに乗じて売上金額を計算すると、金二、九八五、〇九一円となり、これに前記所得標準率を適用し、特別経費を控除すると、昭和二十八年中の原告の所得は金一、三八一、九三四円となつて、被告の更正した金額を上廻ること明らかである。

(4) このように被告のした所得金額の更正は違法でなく、更正金額による税額金二六八、八五〇円と申告金額の税額一六九、〇〇〇円の差額九九、〇〇〇円(千円未満切捨所得税法第五七条第六項)に同法第五十七条第一項による百分の五の税率を適用して計算される四、九五〇円の過少申告加算税を徴収する旨決定した処分もまた違法でない。

三、被告主張事実に対する原告の答弁及び主張

(一) 被告主張(二)、(1)の事実中現金出納帳に赤残が七ケ所あつたことは認めるが、その他の事実は争う。後記のように赤残があつたからといつて帳簿の記載が不正確であつたことはない。同(2)の事実はすべて争う。同(3)の事業中原告が被告主張の日に被告主張の会社を設立し、個人営業を引きついだこと、右会社の第一期事業年度の売上金額は認めるが、その他の事実は争う。

(二) (1)推計計算によつて原告の所得を算定することは違法である。

(イ) 所得の計算は所得税法第九条第一項第四号の規定するところによつて年中の総収入から必要経費を控除した金額によるべきであつて、統計・権衡・標準率等を使用して所得を算定することは違法である。

(ロ) 仮りにそうでないとしても、原告は正確に収支の状況を記帳していたのである。なるほど現金出納帳に赤残が七ケ所あつて、赤字の合計は金一二九、六一〇円となつているが、この赤残がでたのは商法第三十二条第一項但書の規定により毎月の生計費を一括して計上したために生じたものであるから咎むべき理由はない。しかも赤字となるべき数字は明示しその後の売上金から補顛して整理する仕組みとなつており、この措置によつて事業の収支の状況が不明となることは毫もないのであつて、これがため帳簿の記載が不正確となることはない。従つて収支の計算によつて充分所得額が把握できるのであるから、推計による所得の計算は不当である。

(ハ) 被告主張の電力及びガスの消費量による推計方法は不合理である。すなわち、被告は年間の総消費量を除いて業務用消費量としているが、右業務用消費量は、電力については更に照明用に供するものと純業務に供するものとに、ガスについては乾燥用に供するものと純業務に供するものとに区別しなければならない。しかして原告所有の建物は表が道路に面した間口二間半、奧行十間のうち一階は奧行五間までが店舗でその奧二間が勝手で更にその奧が工場洗場となつているが両隣りは他人の住宅が密接しているため、東側には窓がなく西側に三尺と六尺の高窓が一つあるだけであるため、昼間も終日電灯によつて照明しているのである。又洗場には五畳敷余の乾燥室があつて常時ガスを用いて洗濯物の室内乾燥を行つており、この照明用の電力及び乾燥用のガスの各使用量は業務用消費量の三五%以上である。しかるに被告の計算方法ではこの控除がされておらず、不正確であつて合理的でない。

(ニ) 被告主張の電力一KW当り及びガス一立方米当りの各売上高は正確でない。このことは被告主張の数値が次のように変動していることからも明らかであつて、このような不正確な標準値をもつて推計することは合理的といえない。

昭和三一年一月三一日付 同年九月二七日付 同年一二月六日付

準備書面 準備書面 準備書面

電力 二二三円 二五二円 三九八円六五

ガス 三六〇円 六二四円 六七二円

(ホ) 昭和二十八年中の原告の個人営業と昭和二十九年の大竹クリーニング株式会社の営業とは次のように生産条件が相違するので右会社の売上高から原告の売上を推計することは不合理である。

(A) 会社組織に切替えると同時に店舗工場等の設備を拡充して企業の合理化を図つた。

(B) 外註費の増加したこと。昭和二十八年中の外註費は二六〇、八二三円であるが、翌二十九年には金四三〇、〇八四円に達し差額が一六九、二六一円にのぼること。

(C) 売上金額の増加、昭和二十八年一月から四月までの売上金額は金四一八、〇七九円であるが、二十九年同期の売上は金五一五、二九五円でその差額は金九七、二一六円であること。

(D) 電力及ガスの消費量の増減、昭和二十九年中の電力消費量は前年に比較すると一、三七七KW増加しておりガス消費量は三九九立方米減少している。

(E) 傭人費の増加、昭和二十八年中の従業者に対する給料支払額は四一三、五〇〇円人員延べ九名であるが翌二十九年中においては支払額一、一九七、二八〇円人員延べ二九名に増加した。これは外交店員を増員し積極的に進駐軍関係の得意先の拡張を図つたからである。

(三) 原告の昭和二十八年の収支計算及び月別の収入金額は次のとおりである。

(1) 収支計算

<省略>

(2) 月別収入

<省略>

四、原告主張事実に対する被告の答弁

(一) 原告主張事実はすべて争う。

(二) 推計によつて原告の所得を算定することは適法である。所得税法に規定する政府の承認を受けた青色申告者の如く法定帳簿を完備し所得計算が容易である場合には原則として推計は許されないが、帳簿記録等が不備不完全であつて容易に所得を把握できない場合には、推計によつて所得を計算することはやむを得ないことであつて、その推計の基礎が合理的なものであるかぎり、その推計の方法が統計による所得標準率によるものであつても、又権衡調査によるものであつてもなんら違法でない(所得税法第四十五条第三項参照)。ところで原告は青色申告の承認を受けておらず、かつ前記(二、(二)、(1))のとおり正確に記帳しておらないから、原告の所得を推計によつて計算することは適法である。

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